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松山地方裁判所 平成2年(ワ)468号 判決 1992年1月22日

主文

一  被告千原綾二は、原告らに対し、各金五九九万六六三二円及びこれに対する平成元年二月二八日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告千原綾二に対するその余の請求を棄却する。

三  原告らの被告坂本巨樹及び被告国に体する各請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告らに生じた費用の三分の一と被告千原綾二に生じた費用を五分し、その三を原告らの負担とし、その余を同被告の負担とし、原告らに生じたその余の費用と被告坂本巨樹及び被告国に生じた費用を原告らの負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立

一  請求の趣旨

1  被告坂本巨樹、同千原綾二は、各自原告らに対し、各金一五〇〇万円及びこれに対する平成元年二月二八日から、被告国は、原告次野初美に対し、金一三一〇万円を及びこれに対する平成元年九月三〇日から、原告今岡義博に対し、金一三一〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から完済まで、それぞれ年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  第一項につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

3  担保を条件とする仮執行の免脱宣言(被告国)

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  左記交通事故が発生した。

発生日時 平成元年二月二八日午前五時四〇分頃

発生場所 松山市枝松三丁目二番三四号先 市道

加害車両 普通乗用自動車(愛媛57そ772)

右運転者 被告 千原綾二(以下、被告千原という。)

被害車両 自動二輪車(ホンダCBXNC07―1029877)

右運転者 訴外 亡次野憲治(以下、亡憲治という。)

2  加害車両は被告坂本巨樹(以下、被告坂本という。)・同千原・亡憲治の共同運行供用にかかるものであつた。即ち、加害車両は訴外武井建一が所有するものであるが、平成元年二月二三日午後五時頃松山市余戸西三丁目一三番二一号瀬戸内工業敷地内において、被告坂本及び亡憲治がこれを窃取し、事故発生の日まで被告坂本・同千原及び亡憲治が互いに運転を交替しガソリン代を負担し合いながら乗り回していたものである。

3  然しながら、本件事故発生時点の加害車両に対する亡憲治の具体的運行支配の程度態様は、被告坂本・同千原のそれに比し間接的・潜在的・抽象的であつた。即ち、

(一) 事故前日の夜間、被告坂本・同千原は加害車両を運転して松山市内から今治市方面にドライブに行き、同市内で友人一名を乗せたのち、丹原町で更に友人二名を乗せ、松山市内に戻つた後再び今治市内に向かい、同市内でシンナーを盗み出し、走行中の車内でこれを吸引しながらドライブを続け、丹原町に於いて友人二名を降ろし、事故当日午前四時頃松山市内に再び戻つて来た。

(二) 松山市内に着くや、被告坂本ら三名は亡憲治を誘い出し、四人で今治市方面に向かつてドライブに出掛け、亡憲治を含む被告坂本以外の者は走行中の車内にてシンナーを吸引していたが、亡憲治が他所で窃取していた被害車両を運転すると言い出したため被告坂本が運転して松山市内に引き返し、午前五時四〇分頃被害車両の置いてある亡憲治宅に着いた。

(三) 同所に於いて亡憲治は被害車両を出してくるため加害車両から降り、それまで運転していた被告坂本も小用を足すため続いて加害車両から降りた。

(四) 亡憲治は被害車両を引っ張り出して来てこれに乗り「先に行くぞ」と合図して先に出発し、これを見た被告坂本も直ちに加害車両を運転して追随すべく加害車両に戻つたが、シンナーを吸つて意識朦朧状態の被告千原が運転席に乗つていたため、「運転はわしがする」と声を掛けたが、被告千原が「大丈夫じや」と言うので同人に運転させることにして助手席に乗り込み、助手席から意識朦朧状態の被告千原の左腕を軽くたたいて発進の合図を送り、被告千原がサイドブレーキをかけている状態のまま操作をしていて発進に至らないので、助手席から「サイドが上がつとるが」と言つてサイドブレーキを外してやつて被告千原に発進させた。

(五) 被告千原はシンナーに酔つた影響で異常な急加速進行を行ない、時速約一〇〇キロメートルで約二五〇メートル走行し、亡憲治運転の被害車両に猛烈に追突する形で本件事故を惹起し、同年三月四日午前五時二五分、松山市内の病院に於いて亡憲治を死亡させるに至つた。

4  従つて、被告坂本・同千原は加害車両の運行によつて「他人」たる亡憲治の生命を害したことになるので、自賠法三条(但し、被告千原に対しては民法七〇九条も適用)により、亡憲治の両親で二分の一ずつの相続権を有する原告らの被つた左記総損害の半額及びこれに対する事故の日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を賠償する義務があるところ、原告らは被告坂本・同千原に対し、各金一五〇〇万円及びこれに対する本件事故日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(一) 逸失利益 金二一二〇万円

(二) 入院慰謝料 金一二〇万円

(三) 死亡慰謝料 金一六〇〇万円

※一八歳の平均賃金月額一四万八八〇〇円、一八歳から六七歳までのホフマン係数二三・七四九六、生活費控除五割、万円未満切捨

(四) 弁護士費用 金三八〇万円

(五) 合計 金四二二〇万円

5  右のとおり、本件は責任保険の被保険者たる訴外武井建一以外の者が自賠法三条の規定によつて損害賠償の責に任ずる場合であるので、被告国は自賠法七二条後段の規定により、政令で定める金額即ち総額金二六二〇万円の限度において原告らの被つた損害を填補する義務があるところ、原告次野初美は平成元年九月二九日損害填補請求(取扱保険会社・東京海上火災保険株式会社、調査事務所・松山保01016、被害者・次野憲治)を行なつたが、被告国は支払いに応じなかつた。このため、原告らは、被告国に対し、右総額の各半額及びこれに対する、原告次野初美は填補請求の日の翌日から完済まで、原告今村義博は本訴状送達の日の翌日から完済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

(被告坂本関係)

1 請求の原因1、2項、3項(一)ないし(三)及び(五)は認める。

同3項(四)のうち、被告坂本は助手席から、発進の合図を送つていないし、またサイドブレーキを外してやつて被告千原に発進させたとあるが、サイドブレーキの上がつたまま走つていたので、サイドブレーキを外してやつたものである。

2 同3項本文及び4項は否認。

(被告千原関係)

1 請求原因1項のうち、交通事故の運転者が被告千原であるとの点を否認し、その余は認める。

2 同2項は認める。

3 同3項(一)は認める。

同3項(二)のうち、松山市内に着くや、被告ら三名は亡憲治を誘い、四名で今治市方面に向かつてドライブに出掛け、被告坂本以外の者がシンナーを吸引したことは認めるが、その余は不知。

同3項(三)ないし(五)は不知。

4 同3項本文及び4項は争う。

(被告国関係)

1 請求原因1ないし3項は3項本文記載の点を除いてこれを認める。

2 同4項のうち、被告坂本、同千原が加害車両の運行によつて憲治の生命を害したこと及び原告らが同人の父母であることは認めるが、原告らの被つた損害については知らない、その余は争う。

3 同5項のうち、原告次野からの損害填補請求に対し、被告国が支払に応じなかつたことは認めるが、その余は争う。

三  抗弁

本件加害車両である普通乗用自動車(以下、「加害車両」という。)は、訴外武井建一が所有していたものであるが、本件事故発生の五日前の平成元年二月二三日に亡憲治および被告坂本が松山市内でこれを盗み、以後、亡憲治、被告坂本及び被告千原がガソリン代を負担し、運転を交代しながら運行の用に供していたものであり、また、本件事故当日においても、亡憲治、被告坂本、被告千原及び訴外木原伸一郎の四名が、加害車両に同乗して今治市方面にドライブに行くなどしていたものであるから、亡憲治は本件加害車両の運行供用者であるのはもちろんのこと(この点は、原告らも自認している。)、その運行支配の程度は、加害者たる被告千原の運行支配の程度と同等であるというべきであるから、自賠法三条の「他人」に該当しない。

(被告千原関係)

仮に、被告千原が運転しその責任があるとしても、本件事故は、被告千原及び亡憲治らがシンナーを吸引後、亡憲治の誘いにより、同人自ら被害車両を運転し、加害車両を追随運転させたことにより発生したものであるから、亡憲治にも重大な過失がある。

四  抗弁に対する認否

争う。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録並びに証人等目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  請求の原因1、2項(但し、被告千原の関係で同被告が加害車両を運転していたとの点を除く。)、3項(一)は当事者間に争いがなく、また同3項(二)(三)及び同項(五)は被告坂本及び同国との間で、同項(四)は被告国との間で争いがなく、争いのある被告らとの間では、甲八ないし一一号証、一四ないし一六号証によつて同項(二)ないし(五)の各事実を認める。また、本件事故当時、被告千原が加害車両を運転していたものであることについては、委曲を尽くした家庭裁判所の決定(甲二五号証)があり、甲一ないし三号証、一七ないし二一号証の外、前掲各証拠によつてこれを肯認するに十分であり、外に右認定を動かすに足りる証拠はない。

なお、亡憲治が本件事故により脳挫傷、外傷性くも膜下出血、頭蓋骨々折の傷害を受け、これを原因として死亡したことについては、前掲各証拠の外、甲一二号証によつてこれを認める。

二  被告らの抗弁について判断するに、前記のとおり、加害車両は訴外武井建一の所有するものであるが、被告坂本及び亡憲治が本件事故日の数日前にこれを窃取し(しかも、乙一号証の一、二によれば、亡憲治が主導的に窃取したものと認められる。)たうえ、右事故当日まで被告坂本、同千原及び亡憲治が互いに運転を交替し、ガソリン代を負担し合いながら乗り回していたものであり、また本件事故当日も、外一名を含む四名で、シンナーを吸引しながらドライブを続けていたが、亡憲治が被告車両を運転すると言い出したため、被告坂本が運転して亡憲治方に引き返し、亡憲治が被害車両を引つ張り出してきてこれに乗り、「先に行くぞ」と合図したうえ先に出発して加害車両を追随させ、運転を代つた被告千原が加害車両を運転して右被害車両に追随すべく高速進行した矢先本件事故を惹起したのである。これによれば、亡憲治は加害車両の運行供用者といわざるを得ないし、その運行支配の程度は、加害者である被告千原の運行支配の程度と径庭がないというべきであるから、自賠法三条の「他人」に該当しない。したがつて、被告らの右抗弁は理由があり、同条に基づく請求は勿論、これを前提とする自賠法七二条一項後段の請求も失当である。

三  原告らは、自賠法上の責任とは別に、被告千原に対して民法七〇九条の損害賠償をも求めているので、更にこの点について検討するに、前記認定事実によれば、同被告はシンナー吸入によつて意識朦朧状態にありながら加害車両の運転を開始し、その操作も適切でなかつたこと、したがつて、薬物による正常運転ができないおそれがあつたことが窺えるうえ、時速約一〇〇キロメートルの高速度運転をした(前掲甲一、三号証によれば、本件事故現場付近は民家が立ち並んだ市街地に位置し、道路は五・五メートルという幅員の比較的狭い市道であることが認められる。)というのであるから、同被告には加害車両の運転回避義務違反及び高速度運転の過失がある。したがつて、同被告はこれによつて生じた後記損害につき賠償すべきものである。

四  損害につき検討する。

1  逸失利益

平成元年の賃金センサスによれば、一八歳の平均賃金は月額一四万八八〇〇円を下らないことが認められるところ、前掲甲一二号証によれば、亡憲治は死亡当時一六歳であるから、一八歳から六七歳までの新ホフマン係数は二三・一二三、生活費控除五割として、同人の逸失利益の現価を計算すれば、次式のとおり二〇六四万四二一四円となる。

148,800×12(1-0.5)×23.123=20,644,214円

2  入院慰謝料

前掲甲一二号証によれば、亡憲治は本件事故直後梶浦外科病院に救急車で運ばれ、入院治療を受けていたものの、甲斐なく四日後に前示のとおり死亡したことが認められるが、入院期間がわずかであるので、死亡慰謝料の事情として斟酌するのが相当であるから、算定しない。

3  死亡慰謝料

亡憲治は、前示のとおり本件事故によつて瀕死の重傷を負い入院治療を受けたが、甲斐なく四日後に死亡したことなど本件に現れた諸般の事情を勘案すれは、同人を慰謝する金額としては一六〇〇万円が相当である。

五  過失相殺の抗弁について検討する。

本件事故の経緯及び態様は前示のとおりであるところ、前掲各証拠とりわけ甲八、九号証、一八号証によれば、亡憲治もシンナー吸入によつて酔つた状態にあつたため、被告坂本から「やめておけ」と制止されたにもかかわらず、耳を傾けることなく被害車両を運転したことが認められる。このように、亡憲治は加害車両を窃取して乗り回し、本件事故当時も被害車両に追随させるという加害車両の運行供用者であるうえ、薬物の影響下で被害車両を運転した重大な過失があるので、これらの事情を斟酌すれば、亡憲治の被告千原に対する過失割合は七割を下らないものとみるのが相当である。

そうすると、前項1、3について過失割合に従つて控除すれば、亡憲治の損害額は、一〇九九万三二六四円となる。そして、亡憲治が原告らの子であることは原告次野本人尋問の結果によつて明らかであるから、原告らは右損害につき各金五四九万六六三二円を相続したものというべきである。

六  原告らが各原告訴訟代理人に本件訴訟を委任したことは弁論の全趣旨に照らして明らかであるところ、本件事案の性質、審理経過、認容額等に鑑みると、被告千原に請求しうべき弁護士費用は各金五〇万円が相当である。

従つて、被告千原は、原告らに対し、各金五九九万六六三二円及びこれに対する平成元年二月二八日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

七  よつて、原告らは、被告千原に対し、右説示の義務の履行を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余を失当として棄却し、その余の被告らに対する各請求はいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 八束和廣)

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